日音医理科器械製作所は社長本田周の父本田将隆が1911年に設立した会社で、当初は耳鼻咽喉科で使われる手術用の器具(鋼製小物)の製造から始まった。本田将隆は開発意欲に燃え、常に新しい物を製作していた。その中でもドイツから輸入されていた音叉に大変興味を持ち、国内での音叉の開発・製造に取り掛かった。そして医療用の音叉だけでなく、教材用や音楽の調律用等いろいろな分野に使われる音叉を作っていった。第2次世界大戦中には、軍からの依頼で発信器用の音叉の開発に携わったこともあった。又戦後には東京通信機工業(現SONY)の井深社長が訪ねてこられ通信用の音叉に関する開発の商談もあったと言う。現在の日音医理科器械製作所は事業を拡大し、医療器具製造だけでなく、医療現場での感染予防の関する機器・消耗品を世界中から捜し集め、国内の医療機関に提供している。 |