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理化学機器開発メーカー・マイクロテックニチオンの採用情報

 今回「マイクロッテックニチオンの過去・現在・将来」と題して、今後マイクロテックニチオンが取り組もうとしている事業の方向性を今まで辿ってきた事業を顧みながら、現在の与えられている事業をベースに探っていきたい。皆様には、この文章を通して、マイクロテックニチオンの「夢」と「可能性」をご理解いただければ幸いです。


「マイクロテックニチオンの過去・現在・将来 (2)」

生物組織から細胞・細胞から遺伝子へ
生物組織・細胞・遺伝子 〜 この3つに関連した事業の展開を



理化学機器製品事業を日音医理科器械製作所の一つの柱に

  日音医理科での通常の外交の合間に東京大学の医学部や薬学部の研究室を訪問し、分析機器などを中心に理化学機器を紹介してきた。しかし、輸入品の総代理店でない企業が生半可に営業することに受け入れてくれるところは多くなかった。ただ、加工製造が出来るので、そのように案内すると、部品や修理、あるいは特製品などの注文を頂けるようになった。  1975年、(株)聖精工から高速ホモジナイザーの紹介があり、積極的に販売したいことを伝え、日音医理科器械製作所でその商品を「ヒスコトロン」と名付け販売を開始した。生物系のユーザーへの訪問販売や雑誌での広告等で「ヒスコトロン」は売れ出し、又大阪地区でも専門に販売してくれる代理店も起こった。
 ところが、暫くして聖精工が倒産し製品が出来無くなったため、急遽、日音医理科器械製作所で製造が始まった。材料の仕入れ、外注加工、製品の仕上げと、今までの医療機器の製造とは大分違っていたので大変苦労が多かった。本田自身も図面を書き、製造に携わり、塗装・仕上げ・梱包等を行っていた。

  輸入品の中でAMINCOのCHEM-GLOW Photometer(生物発光法)は今までにない光学測定機器であり、先生方も余り知らず、こちらとしては紹介しやすい物であったので、少しずつ注文が取れるようになった。ところが、米国でのインフレがひどく、プライスリストが半年で30%程値上がりすることがあり、輸入品の販売がやりづらくなっていった。そこで、6ヶ月間の準備の後、日音医理科器械製作所製の極微弱生物化学発光測定装置「ルミカウンター1000」を製造した。ルミカウンター1000を売るに当たって1つの戦略があった。生物化学発光法の機器は様々な基礎・応用研究で、測光部はユーザーの要求(研究)にあわせた物が必要になるであろう。よってそのような機器構成をし、売り方を考えてやることが良いとの判断からであった。この商品もあたり、理化学機器の売り上げは全体の半分ほどになり、現金回収率も良く又荒利も70%以上と良い事業になっていった。


更なる躍進をめざして

  理化学機器の製造・開発・営業担当者が加わり順調にこの事業は進んだのであるが、日音医理科器械製作所が置かれた場所(地の利)には、技術系の人材を確保することが出来ず、 地の利を得たところで、別会社で開発型企業を発足するように導かれていった。ルミカウンターの製造の一部を担当させていた夜間学生を伴って2名でスタートした。時あたかも日本経済のバブル崩壊の直前であった。


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