凍結破砕法について
細胞や組織を破壊して、内容物を抽出する処理法の1つに、極低温での脆性を利用した“凍結破砕”がある。装置が安価で、費やされる労力も少なくて済み、短時間のうちに目的を達成することができるのが魅力である。
田島 裕(たじまゆたか)
佐賀医科大学付属病院検査部
Cryo-press
Microtec Co., Ltd.
1. はじめに
細胞や組織を破壊して内容物を処理する作業を行うことは多く、特に化学関係の領域では「必須科目である」と言っても過言ではあるまい。しかし、時として頑強な構造物に遭遇して、前処置に難渋する場合がある。このような場合に威力を発揮する破砕法に“凍結破砕”があるが、このほど国産品で“クライオプレス (Cryo-Press) ”と称する比較的安価な(10万〜30万)製品が登場したので、以下に簡単に紹介したい。
2. 組織・細胞の破砕法
従来までは、以下の1〜6までのいずれかの方法(または、これらを組み合わせたもの)で細胞・組織を破壊することが一般的であった。それぞれの長所・短所を概説するが、詳しくは成書を参照されたい。
1. 界面活性剤(デタージェント)を用いる方法
- トリトンや胆汁酸系などの比較的温和な界面活性剤を用いて、細胞や組織を溶解する方法である。単に、「モノさえ取れればよい(例:PCR用のDNA抽出)」というのであれば、(変性剤とともに)強力な界面活性剤を作用させれば、(例:SDS)容易に目的を達成することができる。ただし、科学的な結合までは切断できない。(=酵素を用いる必要がある)。
- この方法では、抽出力と変性作用とが比例的に作用することになり、難溶性の蛋白などを無理に可溶化しようとすると、目的とする抽出物の変性や失活を招くことがある。当然、細胞内小器官の微細構造なども影響を受けることであろう。
- 抽出の際にはサンプルを加温することが多いが、この際に、デリケートは物質は分解してしまう(例:RNA)。
- 強固な構造を持ったサンプル(例:骨、毛髪)にはほとんど無効である。
- 後で界面活性剤を除去することが困難な場合がある。
- pHを高めたり(=“アルカリ抽出”と呼ぶ)、キレート化合物を加えたり(例:EDTA)、あるいは疎水結合を弱める塩を加えたりして(=“カオトロピックイオン)と呼ばれ、チオシアン「分子同士の結合力を変化させる」という観点から、この範疇に含めておこう。有機溶媒を使用する抽出法もある(例:アセトン)
2. 酵素を用いる方法
- 酵素を用いて細胞成分を分解し(例:リゾチーム)、細胞内から目的とする物質を溶出させる方法である。単に「モノさえ取れればよい」というのであれば、強力な分解酵素を作用させれば(例:アクロモペプチダーゼ)容易に目的を達成することができる。
- 温和な条件で細胞を溶解できるが、抽出の際にはサンプルを加温するため、デリケートな物質は分解してしまう(例:RNA)。
- 目的とする物質が難溶性の場合には、この方法だけでは目的を達成することができない。また、可溶性の物質であっても相互に凝集したり、他の構造物に吸い付いてしまうことがある。
- 最終的に得られたサンプルには、用いた酵素がかなり混入してしまう。
- 当然のことながら、用いる酵素は目的とする物質を分解しないように選ぶ必要がある。
- 強固な構造をもったサンプル(例:骨、毛髪)にはほとんど無効である。
3. 超音波で破壊する方法
- 破壊力が強力であるため、細胞内小器官の微細構造などは乱されてしまう。例えば、DNAなどは細片に寸断される。また、装置が大変高額である(約100万円)。
- 超音波をかけるとかなり発熱するため、冷却しながらの破砕操作を行わなくてはならない。
- 目的とする物質が難溶性の場合には、この方法だけでは目的を達することができない。また、可溶性の物質であっても相互に凝集したり、他の構造物に吸い付いてしまうことがある。
- 強固な構造を持ったサンプル(例:骨、毛髪)にはほとんど無効である。
- 粘性を持つ溶液やガスを溶かしている溶液では破砕効率が低下する。
- フリーラジカルや活性酸素が発生することがあり、酸化に弱いサンプルの場合には配慮を要する。
- ミストが飛散するので、危険なサンプルは取り扱えない(例:生きたままの病原体)。
- サンプルが微量の場合には適していない。
4. 物理的に破壊する方法 (摩砕剤を用いるもの)
- ガラスビーズやアルミナの粉末とサンプルを混合し、機械的に擦りあわせることで細胞や組織を破砕するものである。
- 簡単に行うには、乳鉢を用いたり試験管に入れてミキサーで振盪する方法が選ばれるが、専用の機械に入れて振盪することもある(例:ダイノーミル)。
- 超音波ほど破壊力は大きくないが、やはり細胞内小器官の微細構造などは乱されてしまう。DNAなども寸断されるであろう。
- 発熱が無視できない場合には、冷却しながら行わなくてはならない。
- 目的とする物質が摩砕剤に吸着してしまうことがある。
- 強固な構造を持ったサンプル(例:骨、毛髪)は、破砕できないことはないが、抽出効率は概して低い。
- サンプルが微量の場合には適していない。
- 単にサンプルの凍結・融解を繰り返すだけでも抽出されることがあるが、これは氷の結晶が成長する際に周囲の構造物を(機械的)破壊するためである。
5. 物理的に破壊する方法 (圧力を用いるもの)
- 窒素ガスを高圧サンプルに飽和させておき、急に減圧して、発生した窒素ガスのバブルの圧力により細胞を破壊するタイプのものがある。
- 小孔から高圧でサンプル溶液を(凍らせず液体のまま)噴射させ、その際に発生する“ずり応力”で細胞を破壊するタイプのものがあり、これは“フレンチプレス”と呼ばれている
が、装置が大変高価である(約300万円)。 - 超音波ほど破壊力は大きくないが、やはり細胞内小器官の微細構造などは乱されてしまう。
- 強固な構造を持ったサンプル(例:骨、毛髪)にはほとんど無効である。目的とする物質が難溶性の場合には、この方法だけでは目的を達することができない。また、可溶性の物質であっても相互に凝集したり、他の構造物に吸い付いてしまうことがある。
- サンプルが微量の場合には適していない。
- ミストが飛散するので、危険なサンプルは取り扱えない(例:生きたままの病原体)。
6. 物理的に破壊する方法 (ホモジナイザーを用いるもの)
- 高速で回転する内筒と外筒の間に発生する“ずり応力”で、細胞を破砕するタイプのものである。
- 超音波ほど破壊力は大きくないが、やはり細胞内小器官の微細構造などは乱されてしまう。DNAなども寸断されるであろう。
- かなり発熱するため、冷却しながら行わなくてはならない。
- 骨や毛髪などの強固なサンプルにはほとんど無効である。また、細胞のサイズが極めて小さい場合にも(例:微生物)効果は乏しい。
- 目的とする物質が難溶性の場合には、この方法だけでは目的を達することができない。また、可溶性の物質であっても相互に凝集したり、他の構造物に吸い付いてしまうことがある。
- サンプルが微量の場合には適していない。
- ミストが飛散するので、危険なサンプルは取り扱えない(例:生きたままの病原体)。
7. 凍結破砕法
- サンプルを極低温で凍結させ、脆弱化したところに強い外圧を加えて、粉々に粉砕する方法である。過去には、“ヒュージプレス”、あるいは“エックスプレス”と称する商品が発売されていた。
- 骨や毛髪などの強固なサンプルでも破砕することができるが、強い破壊力の割に、細胞内小器官の微細構造などは比較的保たれるとされている。また、微量のサンプルでも効率よく破砕することができる。
- サンプルを終始低温に保つことができるが、凍結・融解を繰り返すと、目的とする物質が変性することがある。
- 目的とする物質が難溶性の場合には、この方法だけでは目的を達することができない。また、可溶性の物質であっても相互に凝集したり、他の構造物に吸い付いてしまうことがある。
- ミストが飛散するので、危険なサンプルは取り扱えない(例:生きたままの病原体)。
3. クライオプレスの実際
以下に、“クライオプレス”の手順を具体的に示す。装置の概要については図1を参照されたい。
- まず加圧容器(プレスセル)とプランジャーを液体窒素(-190℃)で冷却する。両者ともにステンレスでできており、必要であれば滅菌することができる(例:オートクレーブ)。
注:超低温に達した金属に直接素手で触れると、瞬間的に凍り付いて凍傷を負うことがある。
- サンプルをプレスセルに入れて完全に凍結させるが、サンプル量をセルの大きさに合わせないと粉砕の効率が低下する。また、超低温冷蔵庫(-80℃以下)でサンプルを冷やして凍らせても破砕できないことはなにが、まるべく温度を下げた方が、脆性が高まって破砕の効率が増す。
注1:セル内に液体窒素を直接注ぎ込んでサンプルを凍結させてもよいが、しばしば膜蛋白などが失活する。恐らくは、液体窒素が一種の有機溶媒のように作用するのではないかと推測している。
注2:ちなみに、このときにガラスの微粉末(直径が0.1mm程度)を適当量(約1g)サンプル液中に懸濁しておくと、よい結果が得られる場合がある(4.物理的に破壊する方法を参照)。ただし、ガラス粉末には蛋白などが吸着してしまうため、あらかじめ血清やブロッキングしておいたほうがよい。 - セルにプランジャーをセットして、上から一気に押し潰す(=最初の一撃が大切である)。柔らかい組織では、手押し式のプレス器でも十分であるが、骨などの強固な構造のものはエアーコンプレッサーの付属したプレス器で強力に破砕したほうがよい。大体、10〜30秒程度で2〜3回プレスすれば、大抵のものは壊れる。
注:コンプレッサーを用いる際には、(かなり音が大きいので)耳栓をつけるなどして聴覚器を保護することをお薦めする。
- いったんセルをプレス器から取り外し、プランジャーを開けて内容物を観察してみるとよい。サンプルが粉末状になっていれば、大抵の場合は成功している。
注:内容物をスパーテルでよくかき混ぜ、セル内に液体窒素を注いで再度固く凍結してからプレス操作をもう一度繰り返せば、破砕効率がさらに増す。ただし、セル内に液体窒素を直接注ぎ込むと、膜蛋白などが失活することがあるので、注意が必要である。 - セルを取り出して加温すれば、内容物が融解して、目的を達成することができる。ただし、DNAが細胞から溶出すると、サンプル液がかなり粘性を持つので適宜処理を必要とする(例:酵素処理)。また、細胞内の種々の分解酵素も同時に細胞外に放出されるため、配慮が必要になり場合がある。
図1 クライオプレスの概要 |
a. 装置の全体像を示す。中央に見えるのがプレス器本体で、左後方にあるのはエアーコンプレッサーである(パイプで本体と接続する)。レバーを下げると、圧搾空気の働きで強い振動力が得られ、強固なサンプルでも短時間の各種プレスセルと、それを釣り上げるフックを並べて撮影した。
b. プレスセル(左)とプランジャー(右)の外観を示すが、上から順に5ml用・3ml用・1ml用のものである。これらのセルの内部にサンプルを入れて凍結し、プランジャーを付けて上から圧力を加え、一気に粉砕する。
c. 実際に操作しているところである。それほど強い力は必要なく、エアーコンプレッサーの助けを借りれば、こうして10秒〜30秒ほど(2〜3回)プレスすれば、大抵のものは壊れる。
d. cの拡大図である。
4. 実際の応用例
現在までのところ、以下に示す材料の処理に”クライオプレス”が使用されて、核酸(DNA、RNA)や蛋白質が抽出されたとのことである。参考までに、略記して紹介する。なお、図2に組織蛋白の抽出例を示す。
動物組織(ヒトも含む)
歯牙、骨、爪、毛髪、骨格筋、角膜、皮膚、その他の臓器(例:胃)など。
植物組織
藍藻、カルス(培養細胞)、花粉、果実など。
微生物
酵母、糸状菌、大腸菌など。
■ 凍結プレスとガラスホモジナイザーの比較
ニワトリの坐骨神経と骨格筋をそれぞれの方法で破砕しSDSを加えて蛋白質を抽出
1. 抽出液の比較
破砕法 | 坐骨神経 | 骨格筋 |
---|---|---|
凍結プレス | 4.44 mg/ml | 9.67 mg/ml |
ガラスホモジナイザー | 2.94 mg/ml | 5.38 mg/ml |
2. 抽出液の電気泳動パターン
図2 実際の処理結果 |
坐骨神経 |
骨格筋 |
|
※各レーンには組織0.23mgに由来する 蛋白質が載せてある。 |
ニワトリの坐骨神経と骨格筋を“凍結破砕”、あるいは“ガラスホモジナイザー”のいずれかで処理し、組織蛋白を抽出して比較したものである。抽出量、および泳動パターンのいずれも、既存の抽出法(ホモジナイザー)と比べて遜色はない。分子量の大きい蛋白の抽出に関しては、むしろ”凍結破砕”のほうが優れている。
5. おわりに
以上、簡単に“クライオプレス”について解説した。ちなみに、筆者は黄色ブドウ球菌をこの方法で破壊しているが、これは極めて強固な細胞壁を有している細菌であり、従来までの破壊法では処理が困難であった。例えば、先に述べた従来の1〜6のいずれも方法でも満足のいく結果は得られておらず、やむなく2か3の方法が行われているが、収率は概して低い。
ところがクライオプレスで細胞を破砕すると、わずか数分のプレス操作によって連続して10分近く超音波破砕を続けた際の破砕効果に匹敵する成果が得られ、大変重宝している。顕微鏡で覗いてみると、大方の細胞は依然として未破壊の状態であるが、時間と手間を節約できるのが大きな魅力である。
文献 |
---|
水島昭二:生化学的研究法の基礎。微生物研究法懇談会(編):微生物学実験法。講談社サイエンティフィック、pp255-287、1975 |
魚住武司:細胞破壊、日本生化学会(編):新生化学実験講座、第17巻:微生物実験法、東京化学同人、pp173-178、1992 |
石井信一:タンパク質の分離・生成。立花太郎、他(編):新実験化学講座、第20巻:生物科学?。丸善、pppp3-14、1978 |
香川靖雄:可溶化。中島暉躬、他(編):新基礎生化学実験法、第2巻:抽出・生成・ 分析I。丸善、pp14-31、1998 |
Oota H, Saitou N, Matsushita T, et al:Molecular genetic analysis of
a 2000-year old human population in China and its relevance for the origin of the modern Japanese people. Am J Hum Genet, in press, 2000 |
以上 田島裕先生の文章は、医学書院様の御好意により
「検査と技術」28(5):445−449,2000.
〔技術講座/生化学〕凍結破砕法(田島裕執筆) から転載させていただきました。
本Webページに記載されている弊社製各種装置の用途例(方法)には、特許が存在する場合がございます。実際に使用される場合にはその用途についての特許情報を十分に確認された上で使用されることをお勧めします。