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凍結破砕法について

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細胞や組織を破壊して、内容物を抽出する処理法の1つに、極低温での脆性を利用した“凍結破砕”がある。装置が安価で、費やされる労力も少なくて済み、短時間のうちに目的を達成することができるのが魅力である。

田島 裕(たじまゆたか)
佐賀医科大学付属病院検査部

Cryo-press
Microtec Co., Ltd.

  1. はじめに
  2. 組織・細胞の破砕法
  3. クライオプレスの実際
  4. 実際の応用例
  5. おわりに

1. はじめに

細胞や組織を破壊して内容物を処理する作業を行うことは多く、特に化学関係の領域では「必須科目である」と言っても過言ではあるまい。しかし、時として頑強な構造物に遭遇して、前処置に難渋する場合がある。このような場合に威力を発揮する破砕法に“凍結破砕”があるが、このほど国産品で“クライオプレス (Cryo-Press) ”と称する比較的安価な(10万〜30万)製品が登場したので、以下に簡単に紹介したい。

2. 組織・細胞の破砕法

従来までは、以下の1〜6までのいずれかの方法(または、これらを組み合わせたもの)で細胞・組織を破壊することが一般的であった。それぞれの長所・短所を概説するが、詳しくは成書を参照されたい。

1. 界面活性剤(デタージェント)を用いる方法

2. 酵素を用いる方法

3. 超音波で破壊する方法

4. 物理的に破壊する方法 (摩砕剤を用いるもの)

5. 物理的に破壊する方法 (圧力を用いるもの)

6. 物理的に破壊する方法 (ホモジナイザーを用いるもの)

7. 凍結破砕法

3. クライオプレスの実際

以下に、“クライオプレス”の手順を具体的に示す。装置の概要については図1を参照されたい。

  1. まず加圧容器(プレスセル)とプランジャーを液体窒素(-190℃)で冷却する。両者ともにステンレスでできており、必要であれば滅菌することができる(例:オートクレーブ)。

    注:超低温に達した金属に直接素手で触れると、瞬間的に凍り付いて凍傷を負うことがある。
  2. サンプルをプレスセルに入れて完全に凍結させるが、サンプル量をセルの大きさに合わせないと粉砕の効率が低下する。また、超低温冷蔵庫(-80℃以下)でサンプルを冷やして凍らせても破砕できないことはなにが、まるべく温度を下げた方が、脆性が高まって破砕の効率が増す。

    注1:セル内に液体窒素を直接注ぎ込んでサンプルを凍結させてもよいが、しばしば膜蛋白などが失活する。恐らくは、液体窒素が一種の有機溶媒のように作用するのではないかと推測している。

    注2:ちなみに、このときにガラスの微粉末(直径が0.1mm程度)を適当量(約1g)サンプル液中に懸濁しておくと、よい結果が得られる場合がある(4.物理的に破壊する方法を参照)。ただし、ガラス粉末には蛋白などが吸着してしまうため、あらかじめ血清やブロッキングしておいたほうがよい。


  3. セルにプランジャーをセットして、上から一気に押し潰す(=最初の一撃が大切である)。柔らかい組織では、手押し式のプレス器でも十分であるが、骨などの強固な構造のものはエアーコンプレッサーの付属したプレス器で強力に破砕したほうがよい。大体、10〜30秒程度で2〜3回プレスすれば、大抵のものは壊れる。

    注:コンプレッサーを用いる際には、(かなり音が大きいので)耳栓をつけるなどして聴覚器を保護することをお薦めする。

  4. いったんセルをプレス器から取り外し、プランジャーを開けて内容物を観察してみるとよい。サンプルが粉末状になっていれば、大抵の場合は成功している。

    注:内容物をスパーテルでよくかき混ぜ、セル内に液体窒素を注いで再度固く凍結してからプレス操作をもう一度繰り返せば、破砕効率がさらに増す。ただし、セル内に液体窒素を直接注ぎ込むと、膜蛋白などが失活することがあるので、注意が必要である。


  5. セルを取り出して加温すれば、内容物が融解して、目的を達成することができる。ただし、DNAが細胞から溶出すると、サンプル液がかなり粘性を持つので適宜処理を必要とする(例:酵素処理)。また、細胞内の種々の分解酵素も同時に細胞外に放出されるため、配慮が必要になり場合がある。
図1 クライオプレスの概要

a. 装置の全体像を示す。中央に見えるのがプレス器本体で、左後方にあるのはエアーコンプレッサーである(パイプで本体と接続する)。レバーを下げると、圧搾空気の働きで強い振動力が得られ、強固なサンプルでも短時間の各種プレスセルと、それを釣り上げるフックを並べて撮影した。

b. プレスセル(左)とプランジャー(右)の外観を示すが、上から順に5ml用・3ml用・1ml用のものである。これらのセルの内部にサンプルを入れて凍結し、プランジャーを付けて上から圧力を加え、一気に粉砕する。

c. 実際に操作しているところである。それほど強い力は必要なく、エアーコンプレッサーの助けを借りれば、こうして10秒〜30秒ほど(2〜3回)プレスすれば、大抵のものは壊れる。

d. cの拡大図である。

4. 実際の応用例

現在までのところ、以下に示す材料の処理に”クライオプレス”が使用されて、核酸(DNA、RNA)や蛋白質が抽出されたとのことである。参考までに、略記して紹介する。なお、図2に組織蛋白の抽出例を示す。

動物組織(ヒトも含む)
歯牙、骨、爪、毛髪、骨格筋、角膜、皮膚、その他の臓器(例:胃)など。

植物組織
藍藻、カルス(培養細胞)、花粉、果実など。

微生物
酵母、糸状菌、大腸菌など。

■ 凍結プレスとガラスホモジナイザーの比較

ニワトリの坐骨神経と骨格筋をそれぞれの方法で破砕しSDSを加えて蛋白質を抽出

1. 抽出液の比較

破砕法 坐骨神経 骨格筋
凍結プレス 4.44 mg/ml 9.67 mg/ml
ガラスホモジナイザー 2.94 mg/ml 5.38 mg/ml

2. 抽出液の電気泳動パターン


図2 実際の処理結果

坐骨神経
 a.
ガラスホモジナイザー
 b. 凍結プレス

骨格筋
 c.
ガラスホモジナイザー
 d. 凍結プレス

※各レーンには組織0.23mgに由来する
  蛋白質が載せてある。

ニワトリの坐骨神経と骨格筋を“凍結破砕”、あるいは“ガラスホモジナイザー”のいずれかで処理し、組織蛋白を抽出して比較したものである。抽出量、および泳動パターンのいずれも、既存の抽出法(ホモジナイザー)と比べて遜色はない。分子量の大きい蛋白の抽出に関しては、むしろ”凍結破砕”のほうが優れている。

5. おわりに

以上、簡単に“クライオプレス”について解説した。ちなみに、筆者は黄色ブドウ球菌をこの方法で破壊しているが、これは極めて強固な細胞壁を有している細菌であり、従来までの破壊法では処理が困難であった。例えば、先に述べた従来の1〜6のいずれも方法でも満足のいく結果は得られておらず、やむなく2か3の方法が行われているが、収率は概して低い。

ところがクライオプレスで細胞を破砕すると、わずか数分のプレス操作によって連続して10分近く超音波破砕を続けた際の破砕効果に匹敵する成果が得られ、大変重宝している。顕微鏡で覗いてみると、大方の細胞は依然として未破壊の状態であるが、時間と手間を節約できるのが大きな魅力である。

文献
水島昭二:生化学的研究法の基礎。微生物研究法懇談会(編):微生物学実験法。講談社サイエンティフィック、pp255-287、1975
魚住武司:細胞破壊、日本生化学会(編):新生化学実験講座、第17巻:微生物実験法、東京化学同人、pp173-178、1992
石井信一:タンパク質の分離・生成。立花太郎、他(編):新実験化学講座、第20巻:生物科学?。丸善、pppp3-14、1978
香川靖雄:可溶化。中島暉躬、他(編):新基礎生化学実験法、第2巻:抽出・生成・ 分析I。丸善、pp14-31、1998
Oota H, Saitou N, Matsushita T, et al:Molecular genetic analysis of a 2000-year
old human population in China and its relevance for the origin of the modern
Japanese people. Am J Hum Genet, in press, 2000

以上 田島裕先生の文章は、医学書院様の御好意により
   「検査と技術」28(5):445−449,2000.
   〔技術講座/生化学〕凍結破砕法(田島裕執筆) から転載させていただきました。

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